なぜサラリーマンになるのか

もともと自分の夢を無理やり探す

 人間とは大昔からいるが、果たして縄文人がみんな「夢」を持っていたか。はっきりと断言できないが僕は持っていないと思う。(もともと人は夢なんて持たない生き物なのかもしれない。)

 現代は小さいころから「夢」を持たされる。その夢に向かって努力するように強要される。そして思考の一貫性から人間はその「夢」を持ち続けようとする。本当は夢でもなんでもないのにである。

 「昔から警察官になりたくて~」などと口にする人が多々いるが、一部の本当になりたい人はいると思うがそれを除いたら、その人達の心の奥底では本当は警察官になんてなりたくないのだ。なりたくないのに自分を偽ってそれを昔からの「夢」であったと思い込む。

 なぜ思い込むかというと、小さいころから「夢」を持ってない人は情けない人で、夢を成し遂げれた人は凄い人。という洗脳がおこっているからだ。

 つまり自分が不幸にならないように、夢を無理やり探し、夢を見つけたらそれを自分の「夢」だと思い込み、それに向かい努力し時間を費やす。その結果、心の奥底ではなりたくないのに努力した時間をドブに捨てるような行為はしたくないのと一度決めた事を変えなたくない(思考の一貫性と損失回避)のでそのまま就職へとつながる。

 そして夢でもなんでもないのに夢だと思い込み仕事をしている人が多い。その証拠として仕事の前日に「仕事めんどくせぇ~」という言葉が頻繁に口からでてくる。

 

じゃあなぜサラリーマンになるの?

 今の時代「フリーター」でも衣食住はできる。つまり昔でいうと、確実に狩りが成功し毎日生きていける状態だ。つまり生きるために働くなら「フリーター」で充分なのである。だが「異性との性交」という欲望が満たされていない。

 「フリーター」になると一気に異性からの印象がダダ下がりするのである。クラブに行き異性(主に女性)に「フリーターです。」というと、「あっ。(察し)」という感じになる。ここで「正社員として働いてます」というと印象が良いのは誰もが知っている。

 衣食住が整っていて、不特定多数の異性(主に女性)に相手にされるのが確実である世の中ならば、人間はシフト制かつ責任が少ない「フリーター」を選ぶはずなのだ。(責任のあることを仕事にしたい。というのもその人の思い込みである。責任を感じるのが好きならサラリーマンにならなくても、昔から責任を背負うような行動を沢山起こしているはずだ。だがしていない人が多い。)

 つまり異性(主に女性)に相手にされたいが為に「サラリーマン」として働く人が多いのだ。(一部の人間はサラリーマン大好きなのもいる)

 そして「サラリーマン」は普通に考えてつまらないものである。それをする自分が不幸だと自分自信で思いたくないが為に「夢」を無理やり作る。

 

 庶民というのは意外に何も考えていないので、「フリーター」=「頼りない」のイメージが蔓延っていて、異性(主に女性)に相手にされなくなることを恐れてサラリーマンとして無理やり働く。まったく、、、男性には大変な世の中だ。縄文時代なら確実に獲物を捕らえてくる男はモテモテだっただろうに。現代では確実にお金を稼いでいる「フリーター」であっても異性(主に女性)から認められない世の中なのだ。